学習テキスト

第3節 意思能力と行為能力

◆意思能力のない者がした意思表示・法律行為の効力およびその根拠について、説明することがで きる。

※意思能力がない者がした行為は無効であるとされる(大審院明治38年5月11日判決)。

・意思無能力者の法律行為が無効であることは揺るぎない判例・学説であると思われるが、現行民法典にはその旨の規定は存在していない。そもそも意思能力とは、例えば「自分の行為の結果を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定する精神能力をいう」などとされる。


◆行為能力制度とは別に意思能力を問題とする必要があるかどうかについて、具体例を挙げて問題 点を 説明することができる。

※しかし、これは容易ではないため、意思能力という実質的な基準だけでは、判断能力が不十分な社会的弱者の保護を図ることができないおそれがある。また、意思能力がなかったことが証明された場合には、当該法律行為は無効となるので、相手方に不測の損害を与えるおそれもある。

・通常の状態では正常な判断力がある者でも、飲酒や薬物の服用によって意思能力を欠くような状況が生じることがありうる。


◆制限行為能力者が意思能力を欠く状態で法律行為を行った 場合に、法律行為の効力がどうなるか を 、 具 体 例 を 挙 げ て 説明することができる。

※法律行為のときに、この意思能力を欠いていた場合には、その法律行為は無効となる。
そして、法律行為のときに意思能力を欠いていたことを理由として法律行為の無効を主張するには、その法律行為がなされた時点において、自らに意思能力が無かったことを証明しなければならない。


◆制限行為能力者にどのような類型があるかを説明することができる。

※単独で法律行為をすることに何らかの制限がある。
 1:未成年者 (婚姻による成年擬制を除く)
 2:成年被後見人
 3:被保佐人
 4:被補助人のうち,補助人の同意を要する旨の審判を受けている者
   〔被補助人の全てではないことに要注意〕  

◇制限行為能力者の各類型について、 審判の要否、保護者、保護者の権限がどうなっているかを説 明することができる。

※成年被後見人:精神上の障害により,事理を弁識する能力を欠く常況にある者
        (判断力を常に欠く状態にある)
※被保佐人:精神上の障害により,事理を弁識する能力が著しく不十分である者
          (判断力が著しく不十分な状態にある)※軽度の知的障害や認知症
※被補助人:精神上の障害により,事理を弁識する能力が不十分である者
         (判断力が不十分な状態にある)※軽度の知的障害や認知症
○保護者の権限の違い
制限行為能力者
@未成年者(婚姻による成年擬制を除く)
 保護者:法定代理人である。
 同意権:あり
 取消権:あり
 代理権:あり

※制限行為能力者が単独でできる行為
 ・単に権利を得,義務を免れる行為
・処分を許された財産
・営業の許可を得たもの

A成年被後見人
 保護者:成年後見人
 同意権:なし
 取消権:あり
 代理権:あり

※制限行為能力者が単独でできる行為
 ・日常生活に関する行為

B被保佐人
 保護者:保佐人
 同意権:あり
 取消権:あり
 代理権:△

※制限行為能力者が単独でできる行為
 ・13条の行為以外の全て

C被補助人(補助人に同意権が付与の場合)
 保護者:補助人
 同意権:あり
 取消権:あり
 代理権:△

※制限行為能力者が単独でできる行為
 ・審判で定められた13条の行為の一部を除く全て

※家庭裁判所は,一定の者からの請求によって,特定の法律行為について保佐人・補助人
に,代理権を付与する旨の審判をすることができる。ただし,本人以外の者の請求によって
代理権付与の審判をするには本人の同意を必要とする。(876条の4,876条の9)


◆未成年者が単独で有効に法律行為をなしうるのは どのような場合かを、具体 例を挙げて 説明する ことができる。

※20歳未満の者は、原則すべての法律行為に対して法定代理人(親権者・未成年後見人)の同意が必要である。

同意を得ずにした法律行為は、取り消すことが出来る。ただし、以下の場合は例外であり、代理人の同意は不要とされる。

   @単に権利を得、または義務を免れる法律行為(贈与を受ける・債務免除)
   A目的を定めて認められた財産の処分(お小遣い)
   B婚姻している場合(成年擬制)
   C営業の許可があったとき

◇成年擬制とは何か、その制度趣旨はどのようなものか について、説明することができる。

※未成年者が婚姻をしたときは、成年に達したものとみなされます。
 婚姻した未成年者は、私法上の全ての関係で成年者と同じ能力を有することに なります。

※成年擬制の効果
・婚姻した未成年者は、20歳前でも不動産の売買を単独でできます。 養親として、養子縁組もできます。 また、遺言の証人や立会人となることもできます。

◇ 成年後見制度が平成11年改正によって新たに 導入された趣旨と 制 度 の 特色について、説明する ことができる。

※認知症の高齢者や知的障害者、精神障害者など、判断能力が不十分な成人の財産管理や契約、福祉サービスの利用契約、遺産分割協議などについて、選任された成年後見人が代理して行う制度である。

・判断能力に障害を有していても、自己決定能力がないと見なすのではなく、その残存能力と自己決定を尊重しながら、財産保護と自己の意思を反映させた生活を社会的に実現させる、というノーマライゼーションの思想が背景にある。


◆制限行為能力者の類型 ごとに、本人が単独で有効になしうる行為の種類および単独で有効になし えない場合の 、取消権者 ・追認権者 について、説明することができる。

ア)未成年者
  @:行為の種類
   ・特定の行為だけ単独で有効になしうる(以下)。
   @単に権利を得または義務を免れるべき行為(5条1項但書)
   A処分を許された財産の処分
   B許された営業に関する行為
  A:保護者の種類
   ・親権者または未成年後見人
  B:保護者の権限の種類
   ・代理権(824条)、同意権(5条1項)、追認権(122条)、取消権(120条1項)

  イ)成年被後見人
  @:行為の種類
   ・日常生活に関する行為以外は、単独で有効になしうる行為はない。
   ・ただし、身分上の行為(e.g.認知(780条) )は別である。
  A:保護者の種類
   ・成年後見人
  B:保護者の権限の種類
   ・代理権(859条)、追認権(122条) 、取消権(120条1項)

  ウ)被保佐人
  @:行為の種類
   ・特定の行為(13条1項列挙事由 )だけ単独で有効になしえない。
  A:保護者の種類
   ・保佐人
  B:保護者の権限の種類
   ・同意権(13条1項)、追認権(122条)、取消権(120条1項)
   ※代理権はない(ただし、876条の4:保佐人に代理権を付与する旨の審判)

  エ)被補助人
  @:行為の種類
   ・特定の行為(17条1項、家庭裁判所の審判により決まる)だけ単独で有効になしえない。
   
  A:保護者の種類
   ・補助人
  B:保護者の権限の種類
   ・同意権(17条1項)、追認権(122条)、取消権(120条1項)
   ※代理権はない(ただし、876条の9:補助人に代理権を付与する旨の審判)


◇成年被後見人が「日常生活に関する行為」 ついては行為能力を有することについて、その 考え方 を説明することができる。

※成年後見制度導入の理念から、日用品の購入その他日常生活に関する行為に対しては、本人の判断に委ね、取消権の対象から除外してあります。これは、本人に日用品の購入その他日常生活に関する行為をする能力があることを法律上保障するのではなく、あくまでも制度としての取り決めになります。

※ところが、「日用品の購入その他日常生活に関する行為」とは、具体的には、非常に多岐にわたっています。日常生活に関することですから、皆様それぞれ、生活実態や優先順位は異なることかと思います。ざっと次のような項目になります。

@食料品、日用品の購入
A水道光熱費の支払
B家賃・地代の支払
C介護サービス利用料金の支払
D医療費の支払
E電車・バスの乗車
F嗜好品の購入
G書籍・趣味への支払
H家族(孫など)への小遣い
I年金の管理、処分
J@〜Iの範囲での預貯金の払い戻し

※以上の項目は、自動的に成年後見人の取消権から除外されるのではなく、成年被後見人に認定される前の本人の生活水準や資産状況によっても、日常生活の行為に含まれるか否かの判断基準が分かれます。

◇成年後見開始の審判の申立権者について、説明することができる。

※後見等開始の審判の申立てが出来る人(請求権者)は法律で決められており、誰でも申立てが出来るわけではないとされる。

後見開始の審判の申立ての場合、具体的には、

(1)本人(審判を受ける人)、配偶者、4親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、補佐監督人、補助人、補助監督人
(2)任意後見受任者、任意後見人、任意後見監督人
(3)市町村長(本人の福祉を図るため特に必要がある場合)
(4)検察官

に限られます。多くの場合は、配偶者や子、兄弟姉妹等による申立てをすることになります。

◇浪費者であることが、保佐開始の審判の要件とされていない理由について、説明することができる。

※成年後見制度が導入される前の準禁治産宣告は浪費者をその対象としていましたが、成年後見制度では浪費者は対象から外されている。

・理由の一つは、かつての準禁治産制度では、浪費者に準禁治産宣告を受けさせることが、浪費者本人の保護としてではなく、家族の財産保護のために利用されることも多かったからです。

また、準禁治産制度が親族から浪費者に対する制裁的な意味合いで利用されていたこともあります。

・さらに、浪費者は性格には偏りがあるにしても十分な判断能力を持つので、金銭の使い方等に裁判所が介入することは、市民生活に対する過度な干渉となり不適切であることも理由に挙げられます。

◇保佐人がどのような場合に代理権を与えられるかについて、説明することができる。

※法改正により、従前(準禁治産制度)は後見人には代理権が与えられていませんでしたが、現行法では保佐人は代理権も与えられることになりました(876条の4)。

これにより、本人の生活に必要な難しい取引行為を保佐人に代わってしてもらうことができるようになって、本人の保護に役立つようになりました。

・なお、代理権の対象は、同意権のような法律の規定はありません。

代理権が与えられても本人の自由は制約されないからです。ただし、結婚、離婚や遺言といった身分行為は代理できないことは、補助の場合と同じとなる。


◆被保佐人が保佐人の同意なくして重要な動産を売却した場合に、 保佐人がどのような行為を行う ことができるかについて、具体例に即して 説明することができる。

※平成11年改正前は「重要な動産」とされていたが,債権や知的財産権(ex.特許権・
著作権)等を含める意味で「重要な財産」と変更された。
 
・不動産その他重要なる財産に関する権利の得喪を目的とする行為(例えば本肢のような土地の購入契約を締結)をする場合には、保佐人の同意が必要です。

・保佐人の同意なくして被保佐人がしたものは、無効なのではなく、取り消すことができます。(13条4項) 

・取り消すのは、保佐人・被保佐人ともできる。(120条1項)

◇身上配慮義務とは何かについて、説明することができる。

※成年後見人等が事務を行うに当たっては、本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければなりません。

・身上配慮義務とは、「本人の心身の状態および生活の状況に配慮すべき義務」及び「本人の意思を尊重すべき義務」のことで、身上監護および財産管理の事務を行う際に遵守すべき義務のことです。

※単に財産を管理し、必要な支払い等をするだけが成年後見人等の職務ではありません。

◇ 補助を制限行為能力制度の一つとするのは不正確であると言われる理由について、説明すること ができる。

※補助人に付与された権利が"代理権"だけであれば、被補助人の行為能力は制限されないことになる。補助人に"同意権"が与えられた場合は、その与えられた範囲の法律行為にかぎり、被補助人の行為能力は制限されるということになる。

・たとえば、被補助人本人と家庭裁判所が「訴訟行為だけは補助人の同意を必要とすることにしよう」としたら、訴訟行為についてのみ補助人は同意権と取消権をもつことになり、訴訟行為についてのみ被補助人の行為能力は制限されることになる。


◆制限行為能力制度において、相手方の保護を図るための制度(相手方の催告権・詐術を用いた制 限行為能力者の取消権の排除 )について、説明することができる。

※第1に,制限行為能力者の相手方は,制限行為能力者との行為につき,取り消されるまでは一応有効だが,いつ取り消されて遡及的に無効とされるか分からないという,不安定な状態に置かれる。そこで,民法は,相手方保護のため,催告権による取消権排除の規定を置いた(20条1項2項)。
 
※第2に,制限行為能力者が取引行為をなすにあたって,詐術を用い,行為能力者として相手方を誤信させた場合には,そのような制限行為能力者まで保護する必要がないので,民法は,このような場合に取消権を否定する規定を置いている(21条)。

◇ 制限行為能力者であることの公示の制度について、説明することができる。

※制限行為能力者制度の立法趣旨は,行為時における意思能力不存在についての立証負担から当事者を解放し,他方で画一的な制度の上で公示させることで取引相手方の保護の要請に応えようとすることにある。

・しかも,これを「無効」ではなく,「取消すことができる行為」としたのは,あくまで制限行為能力者側に主導権を握らせて,制限行為能力者をして結果としてより有利な選択ができるようにするとともに,取消権の行使を一定の期間制限に服せしめることによって取引の安定との調和を図ろうとした。


◆制限行為能力者の行った法律行為 が取り消された場合において 、法律行為の全部または一部がすでに履行されていたときに、各当事者の返還義務がどうなるかを、一般原則との異同に留意しつ つ、、具体例に即して 説明することができる。

※取消の効果(121条)
 「取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
 
・ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う」
 ⇒「初めから無効であったものとみなす」すなわち遡及効があるということ。

 ※ただし、婚姻の取り消しなどは例外的に、将来に向かってのみ効果がある。
 ⇒「現に利益を受けている限度において」とは、すでに浪費してしまった部分は返す必要がないが、必要な物に使った場合は、その結果として何らかの利益を得ている であろうから、その部分は返す必要がある。

◇ 任意後見制度の趣旨と 概要について、説明することができる。

※任意後見というのは、後見事務を委任する人(委任者、本人)がまだ判断能力が十分にあるときに、後見事務を引き受ける人(受任者、任意後見人)との間で後見事務の内容などを契約によって決めておき、本人の判断能力が不足したときに、任意後見が始まるというものです。これは法的には一種の委任契約です。

※また、任意後見制度は、本来本人がするべき事務を委任によって後見人にしてもらう制度であり、任意後見人は代理権を与えられることになります。この点、法定後見制度における後見人が与えられた同意権や取消権については、任意後見人には与えられません。

◇法定後見と任意後見との関係について、説明することができる。

※成年後見制度は法定後見制度と任意後見制度からなり、法定後見制度はさらに後見、保佐、補助の3つに分けることができます。任意後見制度は本人の判断能力が衰える前から利用できますが、法定後見は判断能力が衰えた後でないと利用できません。