学習テキスト

第2章 人
第1節 権利能力・意思能力・行為能力全般


◆権利能力・意思能力・行為能力とは、それぞれどのような制度かを説明することができる。

@「権利能力」とは、私法上の権利義務の帰属主体となることができる資格を意味する。

・「私法上、すべての人が権利能力を有する」と考えます。

※団体等でも、一定の要件を充たして「法人」となれば、権利能力が認められる、ということになる。

A「意思能力」とは、法律関係を発生させる意思を形成し、それを行為の形で外部に発表して結果を判断する能力を意味する。

B「行為能力」とは、法律行為を単独で行うことができる法律上の資格を意味する。

◇権利能力・意思能力・行為能力から導かれる民法の予定する 「人間像(主体像)」はどのような ものかについて、説明することができる。

※私権の及ぶ対象は「物」であるのに対して、私権を行使する主体は自然人と法人である。このうち"自然人"とはわれわれ"人"のことであるが、"自然人"が有効で確定的な法律行為をなすには"権利能力", "意思能力", "行為能力"がなければならない。


第2節 権利能力、同時死亡の推定、失踪宣告

◆権利能力の始期と終期について、説明することができる。

※自然人や法人が、私法上の主体となれる資格を"権利能力"という。民法などの法律に基づく権利を得たり義務を負うことができる資格である。

・自然人がこの権利能力を取得するのは、出生のときである(3条1項)。

人は生まれたその瞬間に権利能力を取得し、母親の胎内にいる胎児には、原則として権利能力はないことになる。"出生"していないからである。また、人は死亡と同時に権利能力を失う。

※なお"出生"とは、胎児が母体から全部露出したときのことをいう。

出生がいつかについて、刑法上では"殺人罪"と"堕胎罪"の適用等に関係してくるので議論は活発だが、民法では"全部露出説(胎児の体が完全にでてきたとき)"が通説となっている


◆胎児の 権利能力について、民法の考え方と問題点を具体例に即して 説明することができる。

※権利能力は原則として"出生"によって取得されるものであるが、赤ん坊がお腹にいるのか外にいるのかのわずかな違いで権利能力が肯定もしくは否定されるのは不公平な場面がある。よって、例外的に以下の三つの法律行為については、「胎児は既に生まれたものとみなす」として、胎児の権利能力を肯定する。

・つまり以下のパターンでは、胎児も、相続権や遺贈を受けたり損害賠償請求をするという私法上の権利義務の主体となる地位、つまり権利能力を持っているものとみなされる。

※胎児の権利能力
▲【例外】胎児の権利能力のイメージ

・不法行為に基づく損害賠償の請求(721条)
※たとえば胎児Aの父が交通事故で死亡した場合、生じた損害について、出生前の胎児Aも賠償請求権を得る。

・相続(886条1項)
※たとえば胎児Aの父が死亡した場合、出生前の胎児Aも相続権を得る。

・遺贈(965条)
※たとえば胎児Aに対して、遺言で土地を贈ることができる

※「胎児は既にうまれたものとみなす」とは?(停止条件説・解除条件説)

・権利能力は"出生"によって取得されるという規定の例外において、"胎児は既に生まれたものとみなす"とはどういう意味なのか。

これらの例外的な場合には、すでに胎児は出生以前に権利能力をもっていると解釈すべきなのか、それとも、胎児は権利能力を持っていないが、生きてお腹から出たときに「胎児だったときも権利能力があったことにしよう」と解釈すべきなのか、ということが争点となる。

※胎児の権利能力を否定する説・停止条件説(判例)
・判例は、損害賠償請求や相続、遺贈の際にも、胎児であるころの権利能力は否定し、生きて生まれることを条件

つまり前提として胎児に権利能力はないが、"出生"という条件が成就したら「胎児だったときの権利能力があったことにしよう」とする。


◆同時死亡の推定の要件および効果について、説明することができる。

※複数人の死亡の時期や先後が不明であるときに、その者たちが同時に死亡したと推定する制度を"同時死亡の推定"という(32条の2)。

効果は、相続が生じないということである。"同時死亡の推定"は、相続についての争いをなくすための規定である。

・ちなみに失踪宣告は、失踪者を死亡と"みなす"規定。

同時死亡の推定は、同時に死亡したと"推定する"規定。

"みなし"の効果は絶大で、法律関係が確定してしまうので、簡単には覆せない。
対して"推定"は反対の証拠(反証)を示せば覆る。

第32条の2
・数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。


◆失踪宣告制度の趣旨 について、説明することができる。

※ある人の生死が不明である場合、家庭裁判所が一定の要件のもとにその者が死亡したものとみなして、財産関係や身分関係について死亡の効果を発生させる制度を失踪宣告という。

生死不明の失踪者を便宜上「死亡」とすることで、その人にかかわる財産関係や婚姻関係について確定し清算することができる。

"失踪"には、その要件や効果時期を異にする「普通失踪」と「特別失踪」の二種類がある。


◆普通失踪と特別失踪の異同について、説明することができる。

○普通失踪の要件
・ある者の生死が7年間不明である場合に、利害関係人が請求することで、裁判所が失踪を宣告する(30条1項)。
特別失踪にあたらない場合はこの"普通失踪"となる。

まとめると、要件は以下のようになる
・「不在者の生死が不明になった地点」から「7年間」の失踪期間があること
・利害関係人が失踪宣告を請求したこと

○特別失踪の要件
・戦地にいった者や沈没船の乗組員など、生命の危難に遭遇した者の生死が、それら危難が去ったあと1年間不明である場合に、利害関係人が請求することで、裁判所が失踪を宣告する制度(30条2項)。

まとめると、要件は以下のようになる
・「危難が去って」から「1年間」の失踪期間があること
・利害関係人が失踪宣告を請求したこと

◇失踪宣告の申立権者について、不在者の財産管理の申立権者との異同に留意しつつ、説明するこ とができる。

○30条にある失踪宣告を請求できる"利害関係人"とは
・普通失踪、特別失踪とも、要件には「利害関係人の請求」とあるが、この利害関係人とは、法律上、特別の利害関係をもつ者をいう。
具体的には配偶者や推定相続人、受遺者、親権者、不在者の財産管理人、終身定期金の債務者がこれにあたる。

※債権者や検察官は請求者とされていない。
不在者財産管理制度では検察官は請求者に挙げられているが、失踪宣告では、失踪者の帰りを待つ親族の感情を考慮して検察官は含まれていないと考えられている。


◇ 失踪宣告を受けた者について生存が明らかになった場合、または、失踪宣告の効果とは異なる時 期に死亡していたことが明らかになった場合の扱いについて、説明することができる。

※失踪宣告のなされた失踪者の生存や、
失踪宣告とは異なるときに死亡していたことがわかった場合、
利害関係人か本人の請求により、裁判所は 失踪宣告を取消さなければいけない。
この取消によって、原則として、従来の法律関係は復活する。相続などはなかったことになる。

・つまり、適法に相続したと思って使った相続財産なども、実は失踪者のものを勝手に使っていたということになる)

【参考条文】
第32条(失踪の宣告の取消し)
1、失踪者が生存すること又は前条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があったときは、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求により、失踪の宣告を取り消さなければならない。この場合において、その取消しは、失踪の宣告後その取消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない。
2、失踪の宣告によって財産を得た者は、その取消しによって権利を失う。ただし、現に利益を受けている限度においてのみ、その財産を返還する義務を負う。


◆失踪宣告に基づき相続された財産が第三者に 譲渡された場合において、その後に失踪者の生存が 明らかになり、失踪宣告が取り消された場合の法律関係について説明することができる。

※失踪宣告の取消しによって、失踪宣告前の法律関係が復活する。
よって失踪宣告による相続などでなんらかの利益を得た者は、失踪宣告の取消しによりその権利を失うので、得た利益を返還しなければならないが、必ずすべてを返還する必要はなく、"現に利益を受けている限度"のみを返還すればよい。

◇民法32条1項後段が規定する「失踪の宣告後その取消前に善意でした行為」の「善意」とは、誰の 何に対する善意かについて、説明することができる。

※「善意」とは、失踪者の生存、または宣告時ではないときに死亡したことを知らないことである。善意であれば足り、無過失は不要とされている(通説)。

◇失踪宣告が 取り 消された場合において、失踪宣告に基づき相続されていた財産の返還義務の 範囲 がどうなるか 、不当利得の一般原則との異同に留意しつつ、説明することができる。

※失踪者から相続した金銭を全額浪費した場合、手元にはもうない(現存利益はない)ので返還する必要はない

※生活費に充てた場合は、その分の生活費がういたことで現存利益はあるので、全額返還しなければならない(大判昭7年10月26日)

◇ 失踪宣告後に失踪者の配偶者が再婚をし、その後に、失踪者の生存が明らかになった場合の法律 関係について、説明することができる。

※32条1項を類推適用する説
・失踪者の配偶者と、再婚者に対して善意を要求することになる。後婚(再婚)夫妻のいずれも善意なら前婚は復活しないということになる。

※よって、もしどちらかが悪意(失踪者が生きていたことを知っていた)なら、失踪者との前婚は復活することになり、後婚と合わせて重婚状態になる。このとき前婚は離婚原因に、後婚は取消し原因になるというのが有力な説。(744条、732条)

◇認定死亡と失踪宣告の要件および効果の異同について、説明することができる。

※認定死亡との違い
・水難、火災、爆発などで死亡したことは確実だが、死体が見つからない場合、役所が取調べをして、死亡したものとして戸籍に記載することを、"認定死亡"という。

失踪宣告は「家庭裁判所」が「7年または1年の期間」等の要件をみたしたときに審判して死亡と「みなす」のに対し、認定死亡は「行政機関」が「一定の調査を終えたら」死亡と「推定」することである。

※失踪宣言の効果
・失踪宣告がなされると、死亡とみなされる(死亡と擬制される)ので、自然人の死亡と同じく、相続が開始し、配偶者は再婚できるようになる