学習テキスト 第1編 総則 ○刑罰の目的に関する主要な見解を理解し、その概要を説明することができる。 ※刑罰の目的に関する考え方として、応報刑論と、目的刑論がある。 ・目的刑論とは、刑罰は犯罪を抑止する目的で設置される性格をもつという考え方である。現在はこちらが主流である。 ○刑の種類・内容について理解し、その概要を説明することができる。 ※刑罰には、 ※付加刑とは、主刑が言い渡された場合に、これに付加してのみ言い渡すことのできる刑罰である。 ○懲役・禁錮 ・監獄に拘置させる刑罰としては、ほかにも禁錮がありますが、これは、定役を科せられない点で懲役と異なります。 ※懲役には、有期と無期とがあり、有期懲役は、1か月以上15年以下の範囲で期間が決められるのが原則ですが、特別な事情がある場合には最高20年まで延長できます。無期懲役とは終身のものをいう。 ○拘留 ○罰金 ○科料 ○没収 ○法定刑、処断刑、宣告刑の意義について理解し、その概要を説明することができる。 ○法定刑 ※罪刑法定主義によれば、いかなる行為が犯罪となるか(構成要件)だけでなく、その行為に対していかなる刑罰が科されるかをも、法律(又は法律の委任に基づく命令)が前もって規定しなければならない。こうして規定された刑罰が法定刑である。 ・法定刑には裁量的な選択の余地がないもの(絶対的法定刑→外患誘致罪(刑法81条))もあるが、大多数の場合には、刑種の選択(選択刑)や刑期の量定(相対的法定刑)について裁判所に裁量的な選択の余地が与えられている。 ○処断刑 ※法定刑に、加重・減軽をする4つの事由があります。 これらの4つの要素を加味して、法定刑に規定されている刑の重さを足したり引いたりすることになる。こうして決まったものが処断刑といわれるものである。 ○宣告刑 ※法定刑に加重・減軽した処断刑の範囲内で、最終的に裁判官が決めて言い渡す刑が宣告刑ということになる。 ○刑の執行猶予の趣旨及び要件を理解し、その概要を説明することができる。 ※執行猶予とは、刑を言い渡す際に、情状によってその執行を一定の期間猶予し、その期間を無事経過した時刑の言い渡しはその効力を失うとする制度である。 ・要件は、初度目の執行猶予の場合、 ・再度の執行猶予の場合、 ※執行猶予の期間は裁判が確定した日から1年以上5年以下である。 ○仮釈放の趣旨及び要件を理解し、その概要を説明することができる。 ※仮釈放とは、刑期満了前に条件付で釈放することをいう。 【趣旨】 ・要件は、 第2節 罪刑法定主義 ※法律主義とは、何が犯罪かは、国会において、「法律」により定められなければならず、行政府または裁判所は罰則を制定することができないという原則である。 ・行政府は国法上制定権を有する命令において、独自の罰則を定めることができない。 ただし、「特にその法律の委任」がある場合には、命令において罰則を定めることが例外的に許されている(憲法73条6号但書)。 ここでいう「委任」は委任する事項が特定されたものでなくてはならず、一般的包括的な委任は許されない。 行政府に具体的な罰則の制定を許す場合でも、民主主義の原理は守られなくてはならず、そのためには、国会が罰則の内容についてコントロールしていることが必要だからである。 判例も「具体的な委任」が必要であるとしている。 ・普通地方公共団体は「法令に違反しない限りにおいて」法令により処理することとされた事務に関し、条例を制定することができるとされており(自治14条1項)、 こうした条例は許されるのか問題となるも、条例は、住民の選挙により選出された議員によって構成される議会により制定されるものであるから、その中に罰則を定めることを認めても何ら民主主義の原理には反しない。 ・この意味で地方自治法が普通地方公共団体が定める条例中に罰則の制定を一般的・包括的に委任することは、法律主義に実質的には反することはなく、許されるものと解する。というのも法律主義の実質的根拠は、何が犯罪化は国民が決定するという民主主義の原理にあるからである。 ○刑法で類推解釈が許されないことの趣旨を理解し、類推解釈と拡張解釈の限界について、具体的事例に即して説明することができる。 ※刑法の解釈として、拡張解釈は許されるが類推解釈は許されないと一般に解されている。 それは、類推解釈は、裁判所による事後的立法であり、法律主義に違反して、罪刑法定主義に反し許されないためである。 ・一方で拡張解釈は許される。 拡張解釈は、処罰の対象となっている行為の概念を拡張的に確定し、その概念の中に当該事例を取り込んで、処罰範囲に含めるものである。 ・結局その限界は、「言葉の可能な意味の範囲」と「一般人の予測可能性」によってきまる。 例えば、窃盗罪(235条)の客体である「財物」の概念を物理的管理可能性を備えた者と広く確定し、電気などのエネルギーをその中に含ませる解釈は拡張解釈として許されることになる。 ○遡及処罰(事後法)の禁止の意義について理解し、その概要を説明することができる。 ※遡及処罰の禁止とは、刑法はその施行の時以後の犯罪に対して適用され、施行前の犯罪に対し、さかのぼって適用されないという原則をいう。憲法39条前段前半が規定している。 ・また、刑法6条は「犯罪後の法律によって刑の変更があった時は、その軽いものによる」として、明文で重い刑の遡及適用を否定している。 ・一方で、判例が行為者に不利益に変更された場合、遡及処罰禁止の趣旨に従い当該事件における被告人に対して、変更された解釈の適用を否定する見解も存在するが、刑法においては判例は形式的には法源にはなり得ないのであり、不利益に変更した判例を遡及適用することにより被告人を処罰しても憲法39条に違反しない。 ○罰則が広すぎるため、又は、あいまい不明確であるために違憲無効とされる理由とその要件について理解し、その概要を説明することができる。 ※罰則が存在しても、その内容が不明確であれば、何が犯罪であるかがあいまいではっきりせず、何が具体的に犯罪かが法の適用者により事後的に決せられることになるから、法律主義及び事後法の禁止に反することとなる。 ・従って、不明確な罰則は実質的に罪刑法定主義に違反し許されない。犯罪の明確性及び刑罰の明確性が求められる。 ・判例は刑罰法規の明確性の要件について、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうかによってこれを決定すべきである」としている。 ○罪刑均衡の要請について理解し、その概要を説明することができる。 ※罪刑の均衡とは、犯罪と刑罰とが著しく均衡を書き不相当な法定刑が規定されているときは、罪刑の適正な法定とはいえないことをいう。 ・判例も「刑罰規定が罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであって、到底許容しがたいものであるときは、違憲の判断を受けなければならない」としている。 第3節 犯罪論の体系 ※犯罪とは、「構成要件に該当する、違法で有責な行為」をいう。 すなわち犯罪とは、人の行為であって、 ・そして、通説実務は以下のように犯罪の成否を判断する。 ・第一に、客観的構成要件として、①結果、②実行行為(因果関係の起点、正犯性の基準)、③因果関係を判断する。 ・第二に、主観的構成要件として、故意・過失を判断する。 ・第三に、正当化事由すなわち違法性阻却事由として、①正当行為、②正当防衛、③緊急避難、④その他の違法性阻却事由を判断する。 最後に、免責事由すなわち責任阻却事由として、①責任能力、②違法性の意識の可能性、③期待可能性、④責任故意を判断する。 第2章 犯罪の積極的成立要件 ※犯罪行為の主体は「者」と法文上表現されているが、これは自然人を指し、法人はこれに含まれないのが原則である。 法人はそれを処罰の対象とする特別の罰則がある場合にのみ限定的・例外的に処罰されるにとどまる。 ・犯罪の中には主体に一定の属性(身分)を要求し、主体の範囲を限定しているものも存在する。これが身分犯である。 身分犯にあっては身分のない者の行為について構成要件該当性を肯定することはできない。 ・身分犯は行為者に身分が欠ける場合における犯罪の成否により、 第2節 実行行為 ※実行行為とは、犯罪構成要件の要素をなす行為をいう。 ・すべての構成要件は一定の法益保護を目的として処罰に値する違法な行為を法定したものであり、実行行為といえるには、形式的に当該行為に当てはまるだけでは足りず、少なくとも結果発生の一般的・抽象的危険性のある行為でなければならない。 ・したがって、実行行為とは、各構成要件が予定する行為であり、より実質的には当該基本的構成要件の予定する結果発生の一般的・抽象的危険性のある行為である。 ※例えば、殺人のために毒薬を調達して、自宅居室の戸棚の奥に隠しておいたところ、それを偶然に発見した子供が取り出して誤って飲み、死亡したという場合、殺人罪の構成要件該当性を肯定することはできない。 なぜなら、行為者による毒薬の調達・保管行為は結果発生の危険性が備わっておらず、殺人罪の実行行為とはいえないからである。 ○間接正犯の意義を理解し、強制され、又は欺かれた被害者の行為を利用する事例や第三者の行為を利用する事例等についてそれを具体的に当てはめ、判断することができる。 1 定義 ⇒利用者が被利用者に対し強制を加えたとしても,被利用者が現に意思を抑圧されなければ,間接正犯は成立せずに,この場合は教唆犯が成立するにとどまる。 【判例】殺人の実行行為(判例刑法26) 【事例1】 ―>共犯論との関係:教唆(共謀共同正犯)との区別 【事例2】甲は、自分の夫乙に多額の生命保険を掛けていたが、乙が失業し再就職の見込みもたたないので自殺させようとおもい、「もう生きているのが嫌になったので、一家心中をしましょう。あなたが先に死んでくれれば、『お父さんのところへ一緒に行こう』と息子を説得して後を追うわ」といって、乙に首つり自殺をさせたが、自分たちは死ななかった。 第3節 結果 ・行為の客体は,通常,構成要件の主要な要素の一つですが,稀にはこれを含まない構成要件もみられる。 ⇒たとえば,逃走罪(97条),多衆不解散罪(107条)などがその例である。 ・行為の客体は,保講の客体,すなわち,法益と区別されなければならない。 ⇒たとえば,殺人罪においては,行為の客体は,さきにあげたように,殺人行為の向けられる「人」ですが,法益は,「その人の生命」である。 ※法益は,構成要件の要素ではないが,構成要件を解釈する上に重要な意味をもっており,刑法各論の体系化も,通常,各犯罪の法益を基準として行われています。 ・行為の客体は,また,被害者と区別される必要があります。 ※たとえば,窃盗罪(235条)においては,窃取された財物の所有者も,占有者も,ともに被害者です。被害者には,刑事訴訟法上,告訴権が与えられています(刑訴230条)。 ○侵害犯と危険犯の概念について理解し、具体的犯罪に即して説明することができる。 ・抽象的危険犯とは、一定の行為それ自体に法益侵害の抽象的危険性が含まれるとして危険判断をせずに行為が行われたことだけで既遂罪が成立する危険犯である ・具体的危険犯とは、法文上または解釈上、行為とともに一定の具体的危険の発生が既遂となるために必要とされる危険犯をいう。 【参考】 例えば、住居侵入罪は、侵入行為がなされるとそれだけで成立する「挙動犯」であるが、人の住居権ないし住居の平穏を侵害する「侵害犯」である。 また、現住建造物等放火罪は、放火行為がなされただけでは足りず、建造物等の焼損という結果の発生を必要とする「結果犯」であるが、公共の危険という法益侵害の具体的危険が発生することを必要としない「抽象的危険犯」である。 ○継続犯と状態犯の違いを理解し、犯罪の終了時期について、具体的犯罪に即して説明することができる。 ・継続犯とは ※継続犯というのは、結果発生により犯罪が成立し、結果が継続する間は犯罪が継続的に成立するというものをいう。 ・状態犯とは、 ※状態犯というのは、結果発生により犯罪が成立後、法益侵害状態は継続するけど、即成犯と同様、犯罪成立と同時に終了するというものをいう。 ○結果的加重犯の意義について理解し、具体的犯罪に即して説明することができる。 ・犯人の意識としては15年以下の懲役か50万円以下の罰金で済む「傷害罪(刑法204条)」ですが、死というはるかに重い結果が生じてしまった場合、わざとでないとはいえ加重が考えられる。 ※このように、基本となる罪よりも重い結果が発生した場合に、その基本となる罪よりも重く処罰する旨の規定を「結果的加重犯」といいます。 第4節 因果関係 ・結果犯においては、構成要件該当性が認められるためには、実行行為にもとづいて一定の構成要件的結果の発生したことが必要となるが、それには,実行行為と結果との間に、原因・結果といえる関係が存在しなければならない。この関係を因果関係という。 ・実行行為が存在し当該構成要件が予定する結果が発生したとしても、犯罪が完成するわけではない。実行行為と現に生じた結果との間に、客観的に「原因と結果」と呼べる関係が必要なのである。 ○因果関係を認めるために必要となる実行行為と結果との間の事実的な関係について、その内容を理解し、具体的事例に即してその存否を判断することができる。 ・因果関係とは、構成要件に該当する実行行為と構成要件に該当する結果との間に必要とされる一定の原因・結果の関係をいう。 ・この場合、結論としては、Xには殺人未遂罪が成立することになる。たとえ結果が発生しても、実行行為とその結果との間に因果関係が認められない場合、その犯罪は未遂となる、という点に注意が必要とされる。 ○実行行為から結果発生までの間に介在する諸事情(被害者の素因、被害者の行為、第三者の行為、犯人の行為など)の因果関係判断における意義を評価し、具体的事例に即して因果関係の存否を判断することができる。 1 相当因果関係説 2、行為と結果との間に条件関係があることを前提にして、その行為からその結果が発生するのが相当である場合に限って刑法上の因果関係を認めようとするところに、この説の特色がある。 3、相当因果関係説は、行為論で展開された条件関係を構成要件論で限定する因果関係の理論として、基本的に支持されるべき見解である。 (2)相当性判断 (ロ)相当性判断の構造 (3)判断基底 (a)主観的相当因果関係説 【参考】 イ 具体例 ウ 帰結 (b)折衷(せっちゅう)的相当因果関係説 2、上記の例でいえば、一般人にはBの病気を知ることはできず、Aも知らなかったのであるから、これを判断材料に含めることはできない。つまり、Bが重度の心臓病を患っていたということは無視される。よって、健康な人に後ろからぶつかって死亡させてしまうということは通常考えられず、Aの行為とBの死亡という結果の間には「因果関係がない」ということになる。 【解説】 (c)客観的相当因果関係説 【参考】 イ 具体例 ウ 帰結 *以上の事例で,気をつけて欲しいのは,「軽傷」を負わせたという点である。通常なら死んでもおかしくないほどの傷害を負わせた場合は,折衷説であっても,Bが血友病であろうがなかろうが,Aがそれを知っていようがいまいが,関係なく因果関係が認められる。なぜなら,通常なら死ぬほど殴ったのであれば,血友病でない通常人であっても死亡することがあり得るらである。上記の設例では,現実に負わせた軽傷を通常人に負わせた場合は死なないといえる場合である。 第5節 不作為犯 ※真正不作為犯 ※刑法上の真正不作為犯の具体例としては、多衆不解散罪(刑法107条)、不退去罪(130条後段)、保護責任者不保護罪(218条後段)などが挙げられる。 ・真正不作為犯は、刑罰法規上、不作為の内容が構成要件的行為として明確に規定されている。 ・なぜなら、条文上、どのような不作為が処罰の対象となるのかが不明確であることから、論理上ほとんど全ての場合において不真正不作為犯の成立が可能となり、処罰範囲が不当に広がるおそれがあるからである。 ・そこで、不真正不作為犯においては、犯罪の成立範囲を限定するために作為義務・作為可能性・容易性を要求している。 ・したがって、母親が殺意を持って、幼児に対して「ミルクを与えなかった」という不作為により餓死させた場合にも殺人罪にあたることとなる。 ※不真正不作為犯 ※不真正不作為犯においては、処罰の対象となる不作為がどのようなものであるか法文上明らかでないため、罪刑法定主義に違反するという問題点があるという見解も存在する。 ・不真正不作為犯の成否が問題となるのは、放火罪、殺人罪、詐欺罪等においてである。 ※特に、ひき逃げについては、単純なひき逃げは不作為による殺人罪は成立しないが、事故後、被害者を最寄りの病院に搬送するために自己の排他的支配領域である自動車に乗せて出発したが、途中で刑事責任に問われることを恐れ、適当な場所に遺棄して逃走しようと走行中に、被害者が死亡した場合には不作為による殺人罪の成立が肯定される。 ○不真正不作為犯の成立要件について理解し、その概要を説明することができる。 ・そして、作為可能性の判断に基づき、保証人的地位に基づく作為義務を負う者の不作為による結果惹起が、作為による構成要件実現と同視しうることが不真正不作為犯の成立要件とされる。 ・不作為の因果関係は、「期待された作為を行っていたら結果が回避されたであろうか」という基準で判断される。 ○不真正不作為犯における作為義務の根拠について理解し、具体的事例に即してその有無を判断することができる。 ・作為義務というのは、不真正不作為犯の成立を基礎づける概念である。 ・右のように不真正不作為犯の成立に作為義務が必要とされるのは、不真正不作為犯の成立する範囲を限定するためである。 ※このように不作為犯の場合、結果発生と因果関係のある不作為をした者は多数考えられるので、不作為犯成立の範囲が因果関係では限定できないそこで、不作為犯成立の範囲を明確化するため、作為義務を一定の範囲の者に課し、当該作為義務を負う者の不作為のみが構成要件に該当するものとしたのである。 ○不作為犯における因果関係の意義について理解し、具体的事例に即して説明することができる。 ・不作為犯の因果関係の判断では、何も付け加えないで判断することはできないのであって、行われるべきであった作為を付け加えて、作為をしていたならば結果が発生しなかったかどうかにより事実的因果関係が判断されます。また、このように因果関係が認められるためには、合理的な疑いを入れない程度の、ほとんど確実といえる程度の結果回避可能性が必要と考えられる。 ※例えば、交通事故によって人に重傷を負わせたにもかかわらずこれを放置し、相手が死亡したとしても、直ちに救助して病院に連れて行ったとしても助けられたかどうかわからないという場合には、不作為がなかったならば結果が発生しなかったとは言えない。そこで、不作為がなく、作為義務が果たされたならばほとんど確実に結果が回避できたといえることが必要となる。 ・また結果回避可能性についても作為義務の問題とし、結果回避可能性が認められない場合には、そもそも不作為犯の作為義務が認められないとの見解も主張されています。このように考えると、結果回避可能性が認められない場合には作為義務がないため実行行為がなく、未遂の成立も否定されることになる。 第6節 故意 ・「故意」とは、日常用語的には「わざと」ということですが、刑法では、構成要件(刑法の条文のうち、何が犯罪となるかを規定した部分)に該当する客観的事実(犯罪事実)を認識しながら、敢えて行為に出る意思と定義されている。 ○未必の故意と認識ある過失の区別について理解し、具体的事例に即して説明することができる。
「わざと」と言うレベルまで行かなくても、自己の犯罪行為を認識しつつそれを行えば故意は成立するのです。上記の「ぶつかる(犯罪行為になる)かもしれないが、それでもいい」というレベルの主観的態様でも、故意は成立します。 ○予見していた客体とは異なる客体に法益侵害が生じた錯誤事例における故意犯の成否について理解し、具体的事例に即して説明することができる。 ・故意について重要となるのが錯誤論です。 ・錯誤の例としてよく挙げられる事例は、闇夜でAを殺害しようとしてピストルを発射したところAだと思っていたのはBであり、Bが弾丸で死亡したという事例です(客体の錯誤)。また、Aを殺害しようとしてピストルを発射したところAの隣にいたBに弾丸が当たりBが死亡したという事例もあります(方法の錯誤)。 結論から言うと、現在は法定的符合説が圧倒的に優勢と考えていいと思います。 ・実際、具体的符合説を取った場合、殺人の事例であるからまだ行為者にはBに対する過失致死罪が成立するとして処罰する事は一応可能ですが、これが人ではなく物だったらどうなるのか。 ※たとえば彫像Aを壊そうとして彫像Bを壊してしまった場合、具体的符合説では、彫像Bに対する過失の器物損壊があったことになりますが、過失の器物損壊を処罰する規定は現行法にありませんから行為者には何らの犯罪も成立しないことになる(前田雅英『刑法総論講義(第5版)』270頁に同旨の記述があります)。 具体的符合説は故意概念を考えるための一つの理論としては存在しますが、実務的には馴染まない学説と言えます。 ※法定的符合説 ・法定的符合説の中でも一故意説は、故意としてはA1名を殺害するつもりであったのであるから、Aに対する殺人罪は成立するが、Bに対する殺人罪は成立しないとします(1名殺害の故意をAの罪責で使い切ったという考え方)。これに対して数故意説は、AとBいずれに対しても殺人既遂罪が成立するとする。 ・ここでは、数故意説が通説であることを覚えておけば良いと思います。 ○因果経過について錯誤が生じた事例における故意犯の成否について理解し、具体的事例に即して説明することができる。 ・因果関係の錯誤とは、行為者が認識した事実と実際に発生した事実の間に錯誤はないが、結果の発生に至る因果経過について錯誤が生じている場合である。 ※因果関係の錯誤は、「具体的事実の錯誤」の場合にだけ問題になります。 ○認識・予見した事実と発生した事実とが異なる構成要件に属する事例における故意犯の成否について理解し、具体的事例に即して説明することができる。 ・「事実の錯誤」には、大きく分けて2つの形態があります。第1は、「具体的事実の錯誤」と呼ばれているものです。第2は、「抽象的事実の錯誤」と呼ばれているものです。 ※具体的事実の錯誤 ・「Bを殺害するという事実」は殺人罪の構成要件に該当する事実であり、「Cを殺害するという事実」もまた殺人罪の構成要件に該当する事実です。Aが主観的に認識・予見した「B殺害」の事実と客観的に発生させた「C殺害」の事実の錯誤は、殺人罪という同一の構成要件の範囲内で生じています。 ※抽象的事実の錯誤 ・「人Bを殺害するという事実」は殺人罪の構成要件に該当する事実であり、「犬Cを殺害するという事実」は器物損壊罪の構成要件に該当する事実です。Aが主観的に認識・予見した「人B殺害」の事実と客観的に発生させた「犬C殺害」の事実の錯誤は、殺人罪と器物損壊罪の異なる構成要件にまたがって生じています。 ※また、逆の場合も同じです。Aが犬Cを殺害しようとしたが、実際には人Bを殺害した場合です。この場合も抽象的事実の錯誤が生じています。ただし、前者は「重い罪」を行なおうとして、「軽い罪」を行なった錯誤であり、後者は「軽い罪」を行なおうとして、「重い罪」を行なった錯誤なので、同じように扱うことはできません。
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